PROFILE
菊田早苗
菊田 早苗
Sanae Kikuta

GRABAKAジム代表

・ 生年月日: 1971/9/10

・ 身長: 176cm

・ 体重: 87kg

・ CHEST: 108cm

・ WAIST: 93cm

・ HIPS: 98cm

・ SHOES: 28cm

・ 出身地: 東京都

・ 格闘技歴: 柔道10年、総合格闘技18年
―タイトル―

1996・1997年: 「ザ・トーナメント・オブJ」優勝
2001年: 「アブダビコンバット」88kg未満級優勝(世界寝技チャンピオン)
2001年9月〜2003年11月: ライトヘビー級キングオブパンクラシスト


―主な試合―

2001年9月: パンクラスライトヘビー級タイトルマッチ VS 美濃輪育久にTKO勝利
2002年8月: 日本テレビ系「レジェンド」で VS ホドリゴ・ノゲイラにKO負け
2003年5月: パンクラスライトヘビー級タイトルマッチ防衛
2005年12月: PRIDE男祭り VS 瀧本誠に判定3-0で勝利
2009年1月: 戦極 戦極の乱 VS 吉田秀彦に判定2-1で勝利
2013年10月: GRABAKA興行「素手マッチ」 VS 成瀬昌由に1R一本勝ち


―経歴―

TV
「GET SPORTS」 2001年4月/テレビ朝日
「筋肉番付」 2001年9月/TBS
「The 独占サンデー」 2002年3月/日本テレビ
「SASUKE2002・秋」 2002年9月/TBS
「オールスター感謝祭2002」 2002年9月/TBS
「小池測定」 2003年1〜3月/テレビ東京
「サイボーグ魂」 2003年2月/TBS
「GET SPORTS」 2003年10月/テレビ朝日
「SASUKE2003・秋」 2003年10月/TBS
「さんまのスーパーからくりTV」 2004年4月〜12月/TBS
「信濃のコロンボ 事件ファイル 軽井沢殺人事件」 2004年6月/テレビ東京
「バイキング/海筋肉王」 2005年/CX
「ウチくる!」 2005年/CX
「信濃のコロンボ 事件ファイル 陰面の構図」 2006年8月/テレビ東京
「やりすぎコージー」 2008年/テレビ東京
「クイズ☆タレント名鑑」USC〜史上最大ガチ相撲トーナメント準優勝 2011年/TBS
「『ぷっ』すま」 2013年10月/テレビ朝日

映画・DVD等
2004年
「ワル 序章」/監督:中田圭
「剣」/監督:中田圭
「カラオケ」/監督:辻裕之
「無比人」主演/監督:中田圭
2013年6月全国ロードショー
「MOON DREAM」/監督:ボビーオロゴン

雑誌・書籍(格闘技雑誌を除く)
「ガテン」 2001年6月号/リクルート
「ぴあ」 2001年6月号/ぴあ(株)
「Number」 2001年9月号/文藝春秋
「Tarzan」 2001年10月号/マガジンハウス
「Good Press」 2002年1月号/徳間書店
「Number PLUS」2002年1月号/文藝春秋
「週刊プレイボーイ」 2002年3月号/集英社
「THRILL」 2002年5月号/バウハウス
「週刊東京ウォーカー」 2003年5月号/角川書店
「週刊ヤングジャンプ」 2003年5月/集英社
「CARトップ」 2004年4月号/交通タイムズ社
「宝島MOOK」 2004年6月号/宝島社
「月刊CIRCUS」 2004年8・9月号/KKベストセラーズ
「ぴあ」 2004年8月号/ぴあ(株)
「ガテン」 2004年10・12月号/リクルート
「ガテン」連載 2002年2月〜2005年1月/リクルート
「吉田豪の喋る!! 道場破り」 2013年発行/白夜書房


―略歴―

 小学6年で憧れだった初代タイガーマスク、佐山サトル氏のスーパータイガージム入門。同ジムに通いながら中学では柔道部に所属し、3年で関東大会中量級で優勝。
 高校でも国体団体戦で86kg級優勝をおさめ日体大ではオリンピック金メダリスト、古賀稔彦氏の指導をあおぐ。その後、夢であったプロレス団体に入門するも退団。K-1ファイターを目指し、オーストラリアへと修行に出る。オーストラリア、タイと1年間の修行を経た後、95年12月「全日本アマチュアシュートボクシング大会重量級」で優勝。佐山サトル氏が主催する「バーリトゥードジャパン96」でプロデビューすると、98年3月ヘンゾグレイシー戦「PRIDE2」に初参戦。1999年4月パンクラスに入団。2000年4月に「UFC-JAPAN」で一本勝ちし、同年7月に須藤元気と共にGRABAKAを立ち上げるとパンクラスマットに旋風を巻き起こした。2001年4月、寝技世界一の称号「アブダビ・コンバット88kg級」にて優勝。前人未到の日本人初優勝を飾った。(2014年現在も日本人男子優勝者は菊田のみ) 同年、ライトベビー級キングオブパンクラシストのベルトをめぐり現ミノワマン(美濃輪育久)との死闘の末、2R TKOでパンクラス頂点へ。同年8月にはレジェンドに参戦し、当時無敵を誇ったベビー級王者ノゲイラと対戦した。
 2002年12月、GRABAKAジムを立ち上げ、2003年「キングオブパンクラス」のタイトルマッチで近藤有己と対戦、死闘の末ドロー防衛。
 2005年5月パンクラスから独立。初戦となった大晦日の「プライド男祭り」では、「寝技世界一 対 柔道金メダリスト」という構図の中、瀧本誠相手に何もさせず圧勝。
 2009年1月4日「戦極の乱.2009」では、柔道時代からの先輩である吉田秀彦にも勝利し、吉田に対日本人初黒星を付け、金メダリストキラーの異名を取った。2011年より自主興行GRABAKA LIVEを開催。第三回大会では元リングスの成瀬昌由と素手マッチを行い腕十字で一本勝ちした。名声、実力と共に今後も活躍が期待される。